home
***
CD-ROM
|
disk
|
FTP
|
other
***
search
/
Mac ON! 1998 May
/
MACON-1998-05.iso.7z
/
MACON-1998-05.iso
/
Mac ON! GALLERY
/
作品
/
岡山県 藤井健喜
/
Weekend Hero 2 for R'S GALLERY
/
WH207
< prev
next >
Wrap
Text File
|
1998-03-27
|
23KB
|
418 lines
第七話
はじめての告白
Introductry Remarks
田辺奈美は平凡な高校生である。
あるとき、兄の開発した『ヒーロー変身薬』を飲んでしまった彼女は、ビキニスタイルの恥ずかしい格好のヒーローとなって、世界征服を企む悪の秘密組織『ダークブリザード』と戦うことになる。
人は彼女のことを『ウイークエンド・ヒーロー』と呼ぶ。
今日、彼女を待ち受けているものは一体何なのか…?
1
エクセレントガールが現れた翌朝のことだ。
「お兄ちゃん、私にも武器が欲しい」奈美がいった。
「武器?」浩一は首をひねる。
場所は浩一の研究室。
「そう」うなずく奈美。「昨日、エクセレントガールっていう子が現れて、武器を使って私を助けてくれたの」
「エクセレントガール?」
「しかもその子、自分はウイークエンド・ヒーロー2号だっていったのよ。お兄ちゃん、一体誰なの?」
「うーん、僕の口からは教えられない。そう本人にいわれてるんだ。知りたければ、直接本人に訊くんだな」
「え〜!」それはつまり誰も教えてくれないということじゃないか。
「誰だって、正体を隠したがるものなんだよ。はじめのうちはね」
「そうかなあ…」
「そうだとも」と浩一。「いいか。もしおまえの正体がバレそうになったら、とにかくしらを切れ。よく似た人物がいるんだということを強調するんだ—」
「だから、エクセレントガールの正体は—」
「そうそう、これつけてみてくれ」兄は話をはぐらかすかのように、奈美に小物を渡す。
「何これ?」
「見りゃわかるだろ」
「…」
ウサギの腕時計だ。実は少し前に彼女は兄にこれを返したのだ。あまりに格好悪いので。今は別のものを使っている。
「実は、機能を増やした」
「何を?」
「ダークブリザードの関係者を感知する機能!」
彼の頭の中でファンファーレが高らかに鳴り響いた。
「…」奈美は黙っていた。
「といっても、また友人に頼んで作ってもらったんだ」
これを聞いて奈美ははっとした。「もしかして、あのお礼にLDを買ってあげた人?」
「ああ、そうだ」うなずく浩一。「今回はDVDのソフトを買ってやった。あいつ、再生装置を持ってるらしいんだ」
「え…」
「で、あいつはまた欲しいタイトルを指定してきたから、それを注文しといた」
「…」奈美は不安になる。
「どうした?」
「その、ソフトウエアのタイトルは…」
「えーと、確か『ダイ・ハード…』」
「映画なのね」安心する。
「『ダイ・ハードコアな女子校生スペシャル!』とかいうタイトルだった」
「…」それじゃ前のときとさして変わらないではないか。
「何でも、映像ソフトのタイトルは、そんなものしかないらしいんだ」
「騙されてるわ、お兄ちゃん…」
「それはともかく、話を戻すよ」と浩一。「感知ブザーの音を聞いて欲しい」
「ええ」
「こんな音だ」彼が試しに鳴らしてみせる。目の前のパソコンを使って。
彼はマウスでサウンドのアイコンを二回すばやくクリックする。呼び出しの時の音より若干低い。ビブラートがかかっている。
「へえ…」多少は感心する奈美だった。ただし、そんな機能がやたらと増加傾向にあるというのは気にしていない。
「だからつけておいて損はない」浩一が断じる。
奈美は、仕方ないのでこれをつけておこうと思う。まあ、ダークブリザードを感知する機能なら、ちょうど欲しいなあと思っていたところだし。
ただ、このデザインはいただけない。ウサギだ。ウサギ、ウサギ。
「まあ、役に立つかもしれないから、身につけといてくれ」浩一がいった。
妹は結局承諾する。
「あと—」彼は奈美の腕を持ち上げ、「ここにボタンが付いてる」指差す。
カメラのレンズ部の近くに、小さなボタンが付いていた。強く押すと引っ込むようになっていた。
「これを押すとブザーが鳴るようになってる」兄が付言した。「おまえの音はこれだ」ボタンを押す。ピロピロピロ…という短い波形の電子音が繰り返された。高い音だった。
「緊急時にはこれを押すといい。それが僕のところや、味方に伝わり、おまえのピンチを知らせる役割を果たす」
「わかったわ」
「あと、こんな音もある」彼はマウスを動かす。こちらはポロンポロン…という低い音だった。「こいつは実は、その、2号とかいう子の音だ」
「へえ…」
実は同じ機能を持つ時計を2号にも渡してある。なぜか彼女は文句をひとこともいわずつけている。デザインは猫の絵。だが、妹には内緒にしてくれという本人よりの強い要望で、この時計に関することについても妹には伏せていた。
「もし3号が登場すれば…」兄がいった。「こんな音を用意してる」
パソコンからサウンドファイルを鳴らす。つい最近サンプリングした。ディステーション・ギターっぽい、ジャージャカいう音だった。心なしか前の二つより勇ましい音だった。
「どうせお兄ちゃんが3号に成るつもりで作ったんでしょ? この音は」妹がいった。
兄は照れくさそうに頭をかいた。「何だ、ばれてたか…」
「ねえ、それより私にも何か武器を作ってよ」奈美は繰り返し頼む。
「それは、京子さんあたりに頼んでくれ」
「越智さんは?」
「もうそろそろ来る頃なんだけど—」
戸を叩く音。
「噂をすれば影だな」
浩一は返事をして扉を開けた。予想通り影が、ではない越智京子が現れた。「よ、おはよう」
「越智さん、私にも武器を作ってください!」奈美が迫ってきた。
「…何よ、唐突に」京子はびっくりした。
「あ…ごめんなさい」
「いいわ」京子はかぶりを振る。「作ってあげる」いとも簡単に承諾した。
「ありがとうございます!」うれしそうに奈美がいった。ついでに訊いてみる。「あの—」
「まだ、何がご要望でも?」
「いや、そうじゃなくて…」
「ん?」
「2号のことについてなんですが…」
「なるほど…」京子はニヤリとした。「さては彼女の正体を知りたいのね?」読まれてしまった。「駄目よ。教えてあげない。2号から直々にそういわれれるのよ」
奈美は溜息をついた。
ちなみに、パーフェクトガールたちはすでに武器を持っていた。それを知った京子が対抗しようとして作ったのが、エクセレントガールの武器だった。エクセレントリングという。この辺は、読者も前回までの流れで察しがついたことと思う。
2
前回必殺技でしとめるエクセレントガール(結局まだ正体を知らない)の姿に感激した奈美は、放課後学校の体育館で、何とか自分もあの偽物を倒そうと、必殺技の考案と練習を繰り返していた。
とにかく2号のことが気になっていた奈美ではあったが、それ以上に新しい必殺技が欲しかったのである。そこで彼女はひとりで密かに練習することとなったのだ。
すでに一一月(じゅういちがつ)に入って一〇日が経っていた日のこと。
「奈美」冴子が声をかけてきた。場所は高校の二年B組の教室。休み時間でのことだ。
「何?」
「あなた、このところ放課後に、体育館で何してるのよ?」
「え? 何のこと?」
「とぼけたって無駄よ。私知ってるんだから」ウインクする。「あれは、なにかの練習ね?」
奈美は深く息をつく。なぜそんなことを知っているんだ、とでもいいたげな顔を冴子に向け、
「実は—」
奈美は冴子に事情を説明した。とはいえ、こんなことを話せる相手はほかにいない。
「新しい必殺技?」
「そう」うなずく奈美。
「その、エクセレントガールって子の技を見て、自分も新しい必殺技が欲しくなったと…」
「そう」再度うなずく奈美。「だから、私も、エクセレントガールみたいに、派手な必殺技が欲しいなあと思って」
「へえ」
「でも、あの子の必殺技、とっても恥ずかしいのよ」奈美がこそこそという。「相手の頭を自分の股間に挟んで『えくせれんと・くらっしゃあ!』とか叫びながら腰振るのよ。まるで変態だわ」
「悪かったわね!」冴子は声を荒げた。「それに腰は振ってないわ!」
「え?」驚く奈美。
「あ」冴子は我に返った。「いや、何でもないわ…」
「変な冴子」奈美は不思議がるだけだった。
「で、自分も、もっとかっこいい新しい必殺技が欲しくなったと…」冴子が取り繕いようにいう。
「そういうことなんだけど…」奈美もいう。「どうすればいいのか…」
「練習しかないわ」
「やっぱり?」
「そりゃそうよ」冴子が力説する。「私も練習してたから」
「え?」
「あ、いや、何でもないわ…」
「変な冴子」奈美は不思議がるだけだった。
ここだけの話だが、冴子も練習を重ねていたのだ。
「そうねえ」冴子は腕組みをする。「とはいっても、あんたは非力だから—」
「…」
「わかったわ」冴子がいった。「私もその練習に協力したげる」
「ほんと!」
「相手を吹っ飛ばすような技がいいんでしょ?」
「できれば、その方がいいかなあと思って…」
「だったら、ひとりより相手がいる方が好都合よ」
冴子は笑った。
「ねえ、そう思うでしょ—」
「おい、ふたりして何の話だ?」突如声をかける男子生徒がひとり。
相沢輝彦(あいざわ・てるひこ)だった。クラスメートである。
「なによ、あんた」冴子が気づいていう。「あんたには関係ない話よ」そっけない。
「ということは、女だけの秘密の花園って訳だな」ニヤリとする。
「なに馬鹿なこといってんのよ!」冴子の目が厳しくなる。「またロケットパンチをお見舞いして欲しい?」
それまでニヤニヤしていた輝彦の口調が改まった。「い、いえ、それは結構ですよ」
「さっさと消えな」
「はい…!」
彼は去っていった。
「…」言葉のない奈美だった。
「—で」冴子が奈美に向いた。「何の話してたっけ?」
「…」
「そうだそうだ」冴子は思いだしたようにいう。「技の練習の話だったわよね?」
「え、ええ…」
「じゃあ、今日からさっそく私も参加するわ」
「ありがとう、冴子」
というわけで、この日から冴子も練習に協力した。二人して体育館にいる。更衣室で着替えている。
「冴子、どうしたの、そのあざは?」尋ねる奈美。
「え?」冴子が不思議そうにいう。
体操服に着替えている冴子の腹部に、打ち身とみられるあざがあった。奈美はそれが目に入ったのである。
「それ…」奈美がゆっくりと指差す。
「ああ、これは、ちょっと転んで…」といいながらもすばやくその部分を隠す冴子。
少し気になる奈美だった。さらに奈美は冴子の左腕を見た。
「冴子、どうしたの、その時計?」猫の絵のついた時計だ。
「え?」
「冴子の趣味に合わないわ」
「ああ、これは、前の奴が壊れたから…とりあえずの安物よ」
これも気になる奈美だった。
「それにしても—」冴子が隣にいる奈美を見つめながらいった。むろん彼女にとっては自分自身の話題から他のものへと転換させる狙いがある。「奈美は夏場、露出した姿であんなに飛び回っていたのに、どうして色白なんよ?」
「え?」
「なんで日に焼けてないの?」
「そう?」
「私の方が色が黒いわ」服の袖をめくり自分の腕と比較してみせる冴子。確かに奈美の方が白い。
「きっと生まれつき…っていうわけないわよね」自分でいっておきながらトーンダウンする奈美だった。
きっと、ヒーローになったときに体を包んでいるという薄膜のせいだろう。そう考えた奈美であった。あれが紫外線やら赤外線やら肌に有害なものを防いでくれているのだと思ったのである。
「私は二度くらいプールに行ったしね」冴子がいう。「それで私の方が日に焼けて黒く見えるのかも知れないわ」彼女はそういって、今度はブルマの裾を心持ちずらして見せる。「ほら、これ水着の跡よ」
奈美は面食らった。「ちょ、ちょっと、冴子…!」友人のあまりの色っぽいしぐさにドキリとしてしまったのだ。
「なにあんたが照れてるのよ?」奇妙な目つきで奈美を見る冴子。「同性でしょ」
「そう、だけど—」まごついてしまう奈美であった。「いきなりそんなことするから…」
「ごめん、悪かったわ」
相変わらず冗談の通じない性格だな、と感じた冴子だった。
今のが冗談なのかとという気もするが…
さて、体育館の場内にはマットが敷き詰められた。トランポリン運動のときに、その周囲によく置かれてあるものだ。
「さあ、奈美」冴子がいった。「私をつかんで思いきり放り投げるのよ」
「え…!」奈美は驚く。「そんなこと、できないよぉ…!」
「そんなだらしのないこといわないで」冴子がいう。「とにかく、私をパーフェクトガールだと思ってやるのよ」
「う、うん…」
奈美はもじもじしながらも、冴子の体に手をかけた。それから思いきり彼女の体を放り投げた。
鈍い音がして、マットの上に冴子が倒れ込んだ。打ち所が悪かったのか、冴子は苦い顔をする。
「冴子!」あわてて奈美が駆け寄る。「大丈夫?」
「あ、あなたは気にしなくてもいいのよ」冴子は自力で立ち上がる。実はかなり痛かった。体にあざがあるし。
「冴子…」
「もっと力強く投げるのよ。いいわね」
「う、うん」
そうして、何回も冴子はマットの上に転がり込んだ。というより、ほとんどたたきつけられていた。
人間でやらずに、もっとほかの道具を使ってすればいいと思うのは、気のせいだろうか…?
余談になるが、この練習は技の完成まで、あと一週間続くことになる。
さて。同じ日の練習のあとのことだ。マットも片づけた。二人は学生服に着替えていた。二人して体育館の玄関で休憩している。
「奈美」冴子がいった。
「何?」隣で答える奈美。
「そろそろ、孝夫に告白したら?」
「え?」
「孝夫に告白しなさいよ」じれったいのだ。
すると奈美は、顔が紅葉を散らしたように赤くなった。
「実は—」彼女がいう。「もうラブレター、渡したの…」
「え!」驚く冴子。「なかなかやるじゃないの、奈美」奈美に自分の顔を近寄せる。「で、どうだった?」
「おそらく、田村君、読んでくれたと思う」
「なんて書いたの?」
「『総合体育大会の日の放課後、体育館横の銀杏の木の前に来てください。大事な話があります—』って…」
二人の目の前にある木だ。
「や、やだあ!」冴子は思わず赤くなる。「もう奈美ってやらしいんだから!」といって奈美の背中を思いきりはたいた。
奈美は悲鳴をあげる。
「叩かないでよ…!」奈美がいう。「それに、なんでラブレターがやらしいのよ…」不服そうだ。全身の勇気を振り絞り、やっとの思いで渡した手紙だったというのに。
「そこでキスするんでしょう…!」冴子が低い声でいう。「『ずっとあなたのことが好きでした』とかいって…」
「え、え…!」
奈美はまた赤くなった。
「それで、木のそばに体育倉庫があるじゃない」冴子はここでいったん息を継ぎ、「その中に入ってえっちなことを—!」
「ええっ!」
薄明かりのさす倉庫内。孝夫の手が自分の腰に回る。そしてゆっくりと自身の体操服が脱がされてゆく。
〈そ、そんな、駄目よ…!〉奈美は真っ赤になる。
それでも孝夫の手はさらに下へと伸びてゆく。
〈や、やだあ…!〉
ブルマが下ろされる—
「ま、まだ、私たち、高校生よ…!」思わず奈美は叫んだ。
「何いってんの、奈美?」冴子の声。
「え?」我に返る奈美。
「大丈夫?」冴子が彼女の顔をのぞき込んでいた。
「…」
しばしの静寂。
「でも」奈美は真っ赤な顔で反論する。「そ、そんなこと、考えてないわ…!」
「…今、考えてたんじゃないの?」
「い、いや、その…」舌が回らない。
と、急に冴子は笑った。「なあんてね」
「え?」
「冗談よ。本気にしてたの?」
「…」
奈美の表情は暗かった。
「ごめん、奈美」気になった冴子は謝った。「怒ってる?」
「…冴子の意地悪」
奈美はどうしていいかわからなくなった。でも、冴子というのは、根は悪い女ではない。
「奈美」冴子がいう。「がんばってね。私も応援してるから」
「ありがとう。冴子」
外はかなり寒かった。
3
あれからさらに一週間が過ぎた。一一月も中旬にさしかかっていた。
金曜日。
一高と二高との対抗による総合体育大会の当日である。当初は一〇月末に行われる予定であったが、その頃に市内に異臭騒ぎがあったため、開催日が大幅に変更になっていた。実のところ中止すら噂されていたのだ。けれども開催になった。
文化祭はそのさらに次の週にずれ込むといった日程計画が組まれた。
この日はよく晴れていた。大会スケジュールも滞りなく進んだ。
肝心の結果だが、一高の完勝に終わった。まあ、例年のことである。次回は一高のグラウンドで開かれる。
奈美はクラス対抗のムカデ競争に出場しただけだった。あとは行事が終わるまで待っているしかなかった。
そうして大会は終わった。もう日は西に傾いていた。
人の姿もまばらになったグラウンドで、奈美は孝夫を捜していた。体操服のままだった。
体育館横の銀杏の木。来てみて、奈美は胸の鼓動の高鳴りを覚えた。
孝夫がいたのだ。奈美と同じく体操服姿だった。
「やあ…」
「田村君…」
「こんなところに呼び出しといて、どうしたんだ?」
奈美は孝夫の目の前に立った。
「田村君…」奈美は勇気を振り絞っていう。「田村君には、好きな人がいるの…?」
「え…」孝夫は軽い戸惑いを感じさせるしぐさを見せた。「そ、それは—」
「いないの?」
「あ、ああ」曖昧な返事。
二人は夕日を浴びていた。
少しの沈黙が流れた。
奈美がゆっくりと口を開いた。「私…田村君が、好きです」
奈美の胸裏に『メロディ・フェア』のイントロが流れてゆく。
「…」
「田村君…?」
「ごめん、田辺」
「え…?」
「僕には、好きな人がいる…」
〈え…!〉
『メロディ・フェア』のイントロは止まった。
「孝夫!」
不意に近くで声がした。みると冴子の姿があった。みていたのだろうか?
「ね、義姉さん!」驚く孝夫。
「さ、冴子…」奈美は目から涙があふれていた。
「孝夫、あなたは奈美の気持ちが、わからないの?」
冴子は奈美を振り切って孝夫に近寄る。彼女はすでに着替えていた。
「馬鹿!」といって冴子は爪先立ちのまま、孝夫の頬を平手打ちした。
奈美の目の前で短い音がした。
「ね、義姉(ねえ)さん…」手で頬を押さえる孝夫。
奈美は急に悲しくなった。
「冴子…!」奈美が冴子に訴えるようにいう。「もういいの、もうやめて…!」
「奈美、あなたは悔しくないの?」冴子は興奮していた。「勇気を出して告白したのに…!」
「もういいの!」奈美が涙声でいう。「田村君の気持ちがわかっただけで、もういいの…」
「奈美、どうしてあなたっていう子は…!」冴子はいよいよじれったくなった。「そういう性格だから、いつも貧乏くじ引いてるのよ…!」
それはいい過ぎではないだろうか?
気にせず義理の姉は孝夫を振り返った。
孝夫はものすごい殺気にも似た雰囲気を感じて怖くなった。
「孝夫君—」冴子が義弟に詰め寄る。抑揚のない口調で。「あんたが好きという女性は、誰なんよ?」
「そ、それは…」
冴子が顔を寄せる。「誰よ?」尋問する。
「そ…」
「誰よ?」
「そ、その…」観念したように孝夫が口を割った。「ハ、ハイパーガールだよ…」
「え?」奈美は口をぽかんと開けてしまった。
「ハイパーガール?」冴子が場違いなくらいの大声を発した。
「そ、そうだけど…」
なにか、ものすごくまずいことでもいってしまったのかと思い、戸惑いの顔を見せる孝夫だった。
文化祭の日のことである。
4
その翌日。週休二日制でこの日は休みだった。土曜日。
孝夫は公園に来ていた。二高のそばだ。静かだった。
朝、新聞を取りに外に出ると、家のポストに手紙が入っていた。彼宛だった。差出人のところには「HG」というイニシャル。
孝夫は不審に思いつつも、手紙にあった通りの公園にいった。そこで彼を待っていたのは、意外な人物だった。
「田村、孝夫君ね?」
不意に上空から声をかけられて孝夫は面食らった。見上げると、樹木の枝にひとりの女の子が腰掛けていた。
「こんにちは」女の子がいった。「私の手紙、読んでくれたのね」エメラルドグリーンのビキニを着ている。
「ハイパーガール…?」彼は驚いた。場所が場所だけに、今まで全然気づかなかった。
彼はゆっくりと彼女のところへと木を登っていった。彼女の隣に腰掛けてから訊いた。「どうしてこんなところに?」
「一度、あなたと会ってはっきりしておきたかったからよ」彼女がいった。
「え? 何をです?」
「奈美ちゃんのことよ」
「田辺が、どうかしたんですか?」
「奈美ちゃんは、私の大切な友達—」
「はい」
「その奈美ちゃんが、先日、泣きながら帰ってきた…」
「あ…」
「わけを訊くと、『好きなひとにふられた』と」
「…」
ハイパーガールは孝夫に顔を向けた。「奈美ちゃんは、あなたのことが好きなのよ」
孝夫は黙っている。
「お願い、孝夫君。奈美ちゃんを愛して欲しいの」ハイパーガールはいった。
この言葉、奈美としては本望ではなかった。なぜ相手に、自分で自分のことを愛してくれなどと頼まなくてはならないのだ?
だが、こうでもしないと孝夫の気持ちを変えることは困難だろう。彼の気持ちをハイパーガールから奈美本人へと転化されるためなのだ。これは、そう語った冴子の考えに基づく周到な計画だったのである。
「お願い、奈美ちゃんのことを愛して」再度ハイパーガールがいった。
少しの沈黙。
孝夫は激しく頭を振った。そしていう。「でも、僕はあなたのことが忘れられないんだ。ハイパーガール」
「え…!」
孝夫は急にハイパーガールの体を抱きしめた。そして、彼女の唇に接吻する。
〈そ、そんな…!〉彼女は真っ赤になった。
孝夫の目が弱冠動いた。
〈これは—〉
孝夫は何かを感じ取っていた。
〈誰かに、似ている…〉
孝夫は唇を離した。
目の前には、動揺しているハイパーガールの姿があった。ヒーローというよりも、かよわきひとりの女の子そのものだった。
「た、田村くん…」
「ご、ごめん」孝夫は謝った。「ハイパーガール」
孝夫はハイパーガールから少し距離を置く。そして訊いた。「ハイパーガール。あなたはもしや、田辺なんですか?」
「えっ!」
「いや、何となく、雰囲気が似てるなと思っただけで…」
ハイパーガールは狼狽を隠しつつ、逆にこういった。「やっぱり、あなたも奈美ちゃんのことが好きなのね?」そしていう。「私の思ったとおりね」
「え?」
「だって、私が奈美ちゃんに見えるんだから」
孝夫は少し黙ったのち、「そうかも知れない」と独り言のようにつぶやいた。「僕も、実は心のどこかで、田辺のことを想っていたのかも知れない—」
「今度は、あなたの方から告白する番よ」
孝夫はうなずくと、軽やかに木を降りていった。
「ありがとう、ハイパーガール」
彼は公園をあとにした。
ハイパーガールは彼の後ろ姿を見送った。
いい天気だった。
日付が変わった。
日曜日の夕刻のことである。
奈美は孝夫に呼ばれた。
学校そばの公園。昨日と同じ公園だといえばわかりやすいだろうか。人影はほとんどなかった。静かだった。
「田村君…」
「田辺」孝夫がいった。「その、この前のことなんだけど…」
奈美がうなずいたとき、彼女のイヤホンから浩一の声がした。またもや事件が起こったらしい。強盗犯が車で逃走中だという。
奈美は毒づいた。〈こんなときに…!〉
「田村君」彼女がいった。
「何だい?」
「ちょっと、トイレ!」
彼女は彼と別れざるを得なかった。
奈美は変身すると現場に急行した。
ところがいざ現場に到着してみると、すでに警察が車の中から逃走した犯人を連行しているところだった。高木康行と今中敦の姿もあった。
「あれ、事件はどうなったんですか?」康行に尋ねるハイパーガール。
「ああ、解決だよ。何でも赤いビキニの女の子が現れて、あれよあれよという間に片づけてしまった。」康行が答えた。
エクセレントガールだと直感するハイパーガール。
「確か、ウイークエンド・ヒーロー2号だとかいってたな」と康行。「ということは、君は1号なんだな」彼が訊いた。
「はい」答えるハイパーガール。
「いやあ、とにかくあの子はすごかったよ」康行は感心したようにいう。2号のことだ。
「そ、そうですか…」バツが悪くなったハイパーガール。
「特に最後がすごかったな」康行がいった。「犯人の頭を股に挟んで落下するんだから…」
よく死ななかったな、犯人…
「ええ」敦もうなずきながら、「あれは、見てるこちらも恥ずかしかったですね。やってる本人だって恥ずかしいでしょうに…」
「…」コメントできない奈美。
「それにしてもあなたがたは—」敦は彼女の姿をちらと見てから、「こんな寒いのに、元気ですね」
「あ、あー、はい…」彼女はうなずくしかなかった。この季節はずれのビキニ少女に冬物衣装などない。
事件は終わっていた。仕方なく手持ちぶさたで戻った奈美であった。
だが、元の場所に孝夫の姿はない。怒って帰ってしまったのだろうか。涙がこぼれる奈美。その彼女にハンカチが渡された。礼をいって受け取る。はっと思って前を見ると、そこには孝夫の姿があった。
「た、田村君…!」
「田辺、このあいだは、すまなかった」
「田、村君…」
「田辺の気持ちなんか、考えもせず…」
「い、いいの。過ぎたことは…」
「僕も好きだよ。田辺」
「え…!」
「どうしたんだよ? そんな驚いた顔して…」
「い、いいや」奈美は流れる涙を指で拭った。「うれしいの。私、うれしいの…」
「田辺…」
「田村君…!」
奈美は孝夫に抱きついた。
奈美の胸裏に『メロディ・フェア』のイントロが流れてゆく。もうとぎれる心配はなさそうである。きれいなメロディーラインだった。
辺りは静かだった。
「あ〜あ、まるで一〇〇年前のロマンスだわ…」
遠くでこっそり二人の姿を見守る冴子であった。
そのそばに設置されている市の掲示板に、ポスターが貼ってあった。『市長深沢公平、がんばります! —東児島市』という文字が見えた。
秋の夜である。
5
同じ頃。
「田辺、奈美…二高の生徒か—」
黒マントの男はうなった。と思っていたら「なにっ!」口調が激変した。
彼は急いで参謀を呼んだ。
「なんと…!」参謀は驚嘆していた。ドクターダイモンである。
ブリザードは、以前に捕まえた中学生のリストを何気なく見ていた。そこから、かつてウイークエンド・ヒーロー1号がインタビューで友人だと答えた田辺奈美という少女のいることを発見した。そして、その少女が東児島第二高校の生徒であることを知ったのである。
「これは大発見ですぞ、博士!」ドクターダイモンがいった。
「私は博士ではないぞ」
「あ、そうでした」頭をかくドクター。いい直す。「大発見ですぞ、閣下!」
「うむ」うなずくブリザード。「私もそう思う」自画自賛する。
「何とかしてこの女に接近すれば、ハイパーガールに関する情報が手に入るかも知れません」まくし立てるダイモン。といっても大映の妖怪映画にでてきた魔物のことではない。
「私も今それを考えていたところだ」
「なにかいい手はないものでしょうかな?」
しばしの沈黙がダークブリザードの本部の一角に流れてゆく。
「そうだ…!」叫んだのはブリザードだった。
彼にあるアイディアが浮かんだ。
彼は美紀を呼んだ。
「何でしょう? お父様」
「おまえたち、いっそのこと、東児島に移ってこないか? 実はすでに学校のほうも手配してあるんだ…」
次回予告
奈美「何ですか? これ」
京子「あなたの武器よ」
奈美「これが…?」
浩一「次回ウイークエンド・ヒーロー2第八話『ジェラシー 公式ガイドブック』正義は週末にやってくる—」
直子「要するにハイパーガールの武器が登場するのね」
俊雄「…それだけか?」
浩一「そ、そんなこといわれてもねえ…」
1997 TAKEYOSHI FUJII